お前は俺の母親か

お前は俺の母親か

「俺はゴルフが嫌いなんだよ」
と淡々と言いながら、誰も乗っていないそれに乗る。

 

 中から開くボタンを押してくれているようだった。

 

「ゴルフよりは絵を見る方がいいんだ」

 

 ひょいと乗り込んだ真湖は雅喜を見上げて言う。

 

「そうですねえ。
 でも、付き合いも大切ですよ」

 

「お前は俺の……」
と雅喜は文句を言いかけ、やめた。

 

 お前は俺の、なんだろうな、と思う。

 

 母親か?

 

 違うな、と腕を組み、考えている間に、エレベーターは着いていた。

 

真湖は帰りに近くの書店に寄っていた。

 

 新刊を買いに行ったのだが、ついでに旅行雑誌のコーナーに行く。

 

 もう一度、あの旅館の記事など見て、うっとりしようと思ったのだ。

 

 旅行は行ってからも楽しいが、行くまでも楽しい。

 

 すると、そこに何処かで見た後ろ姿があった。

 

 雑誌を見ている。

 

 そっと側に行き、目当ての雑誌を開いてみたりしたのだが、隣りの男はまるで気づかない。

 

 どうなんだろうな、この人、と思いながら、真横からその顔を眺めてみた。

 

「課長」
と話しかけると、雅喜は、極普通に、

 

「なんだ」
と返してきた。
気づいてたんじゃないですか。
 なに見てるんですか?」
と言いながら、手許を覗き込んでみた。

 

 もちろん、あの旅館のページだった。

 

「実は結構楽しみにしてますか?
 この宿、泊まるの」
と笑って訊いたが、雅喜は、

 

「迷わないように場所を確認してただけだ」
と言って、ページを閉じてしまう。

 

 可愛くないなー。

 

 まあ、可愛くても不気味だが。

 

「じゃあな、気をつけて帰れ」
とそのまま行こうとする。
「あれっ?
 本買わないんですかー?

 

 私は買いますよー」
と言ってみたが、無視だ。

 

 大丈夫だろうかな、こんな人と一緒に旅行して、と思いながら、見送った。

 


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