社内騒然

社内騒然

「初めて課長の方から目をそらしましたね。

 

 私、ずっと課長と目が合わせられなかったんですよ。

 

 なんだか、冷たい人に思えて」

 

「話もしないのに、冷たいかどうかなんてわからないだろ」

 

 それはそうなのだが、既にその視線だけで、充分、冷え冷えしてくるんだけど、と思っていた。

 

「まあいいから、具合がよくなったら、戻れ」

 

 そう行きかけてまた戻る。

 

 この人、結構動きが妙だよな、と思っていると、
「鍵は開けていくから、また寝るんならかけておけ」
と親のようなことを言ってくる。

 

 いや、それだと、安田さんが来てくれても入れませんが、と思ったのだが、逆らうのも怖いので、
「はーい」
と言っておいた。

 

 実のところ、もうそんなに痛くはなかったのだが、課長と一緒に戻るのもな、と思ったので、少しずらして、フロアに戻ることにした。

 

 

「ねーねーねーねー」

 

 陽気な声がして、廊下で出くわした清水礼子(れいこ)が話しかけてきた。

 

「ああ、礼ちゃん、ごめん。
 コピー代わりに取ってくれたんだって?」

 

 そんなことは別にいいのよっ、と礼子はぐいと真湖の腕を引くと顔を近づけ言った。

 

「あんた、課長となんかあったの?」

 

「は? なんで?」
と言いながら、ぎくりとしていた。

 

「だってさー。
 課長が、あんたの様子見に行くし、私にあんたの代わりにコピー取っておけとか、わざわざ言ってくるし。

 

 あの人が部下に気を遣うとかないから、あれってどうなのよーって社内騒然なんだけどっ」

 

 待て待て待て、と思った。
この大きな会社がそんなことで騒然となるわけないだろうが。
「せいぜいこのフロアでしょ。
 まったく、礼ちゃんはオーバーなんだからー」
と言うと、

 

「それくらいの珍事ってことよ」
と言ってくる。

 

 瞳のくるっとした可愛い友人の顔を見つめ、ちょっと相談してみたくはあるが、でも、こいつ、口が軽いからなーと思っていた。

 

「……なにもなかったよ」

 

「なにっ、その間!」

 

「っていうか、たぶん、課長の中ではなかったことになってるし」

 

 雅喜は、酒の席で無礼な口を聞いていたことついては言及してきたが、あのキスに関しては、一切触れてこなかった。

 

 覚えているのかいないのか知らないが、彼の中でなかったことになっているのは確かなようだ。

 

「心の問題じゃなくて、実際なにがあったか訊きたいのーっ」

 

 いや、あんた暇だな、と思いながら、礼子に腕をつかまれていた。

 


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